花の肖像

紫陽花

Hydrangea

1991 Tokyo Japan / 1940×1620; Oil on Canvas
Gathered in the Osanagi Residance / Kamakura

原産地は日本であるから紫陽花の名所は数多い。 鎌倉では、明月院があじさい寺として有名でなかなか良いものであるが、大きな名家の庭で何代にも渡り、 ひっそりと咲続けてきたあじさいがより紫陽花らしいのではと私は思うのである。

神宮の絵画館に明治天皇が岩倉具己を見舞っている絵がある。 暑い夏の日で室の四隅には小さい花を載せた氷が置かれている。 その室内の世界には死が漂よい、岩倉は翌日没す。 庭にも紫陽花は描かれていないのだが、その室内に紫陽花が見えてくるのである。 絵画館に並んでいる絵の中でこの絵の室内の情景だけが好きで、幾度もその世界を見に行ったものである・・・・。

鎌倉に大佛次郎の屋敷が残されている。 今も屋敷は氏の生前のままで、その庭に咲く高さ二.五メートルにもなる額紫陽花は見事であった。 野尻財閥に生まれ本名、野尻清彦であるから位牌には「野尻」と記されていた。 子がなかったためか、氏が没した後はただ屋敷だけが残った。 屋敷は暗黒舞踏の大野一雄の子に譲ると遺言で残したと聞く。

長年探し求めていた額紫陽花に出会った瞬間、私はその美しさに凍りついた。

森茉莉の小説《甘い密の部屋》の、いつもくもり硝子を透して朦朧とした現実を見ているような物憂い、 そして傲慢な少女の目が忘れられない・・・・。

箱根の登山鉄道、塔ノ沢〜宮ノ下の間を梅雨の季節、咲き誇る紫陽花をかきわけるようにのろのろと進む。 その様子は遠く万葉集の世界までひき戻されるような想いである。

紫陽花の原形は額紫陽花であるが、多く見かけるのはテマリ花が多い。 でも紫陽花のもっとも美しい姿をしているのは額紫陽花ではないだろうか。

Tadamasa Yokoyama